今邑彩の『そして誰もいなくなる』は、アガサ・クリスティの名作『そして誰もいなくなった』をオマージュしたミステリー小説です。
名門女子校の演劇部が、学園祭で『そして誰もいなくなった』の劇を上演中、実際に生徒が毒殺されるという衝撃的な事件が発生します。
その後も劇の筋書き通りに部員たちが次々と命を落としていく展開は、読者に強い緊張感を与えます。
本作の魅力は、原作の設定を踏襲しながらも、独自の要素を巧みに取り入れている点にあります。
ここでは、物語の構成やテーマ、そして意外な結末について考察していきます。
考察① 原作オマージュの巧妙さ
本作は、アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』をモチーフにしながら、独自の世界観を築いています。
原作では孤島に招かれた10人が次々と殺されるのに対し、本作では名門女子校の演劇部員が学内で消えていくという設定に変更されています。
この舞台設定の変更によって、閉鎖的な学園という環境が物語の緊迫感を高めています。
さらに、事件の発端が『そして誰もいなくなった』の劇の上演中である点も秀逸です。
フィクションと現実が交錯することで、読者は「劇がそのまま現実になってしまったのか?」という疑念を抱かずにはいられません。
また、登場人物のキャラクター設定も巧妙です。
原作では10人の男女が過去の罪を裁かれる形で命を落としていきますが、本作では高校生たちの人間関係や過去の出来事が事件の背景となっています。
こうしたアレンジによって、オマージュ作品でありながらも、まったく異なる新鮮なミステリーとして楽しめる作品に仕上がっています。
考察② 二重の仕掛けがもたらす衝撃
本作の最大の魅力は、緻密な構成と予測不能などんでん返しです。
物語は、演劇部の上演中に起こった殺人事件を中心に進んでいきますが、後半にかけて真相が二転三転していきます。
読者は、演劇部員の一人ひとりがターゲットになっていく中で、「犯人は誰なのか?」という謎に引き込まれます。
しかし、単に一人ずつ殺されていくという単純なストーリーではありません。
事件の背後には、劇の筋書きを模倣するように見せかけた別の意図が隠されているのです。
さらに、クライマックスでは、これまでの推理を覆す衝撃の事実が明かされます。
読者は「そういうことだったのか!」と驚かされると同時に、最初から仕組まれていた伏線の見事さに感嘆せずにはいられません。
この二重の仕掛けによって、物語は単なるオマージュを超えた独自性を確立しているのです。
考察③ 「裁かれなかった罪」というテーマ
『そして誰もいなくなった』が扱うテーマの一つに、「裁かれなかった罪」があります。
原作では、登場人物たちが過去に犯した罪を秘密にしたまま生きてきたことが、彼らを追い詰める要因となっていました。
本作でも、このテーマが色濃く反映されています。
物語の中心となる演劇部のメンバーも、過去に何らかの秘密や罪を抱えています。
それが表面化しないまま過ごしてきた彼女たちに対し、何者かが制裁を加えていく展開は、原作のテーマを見事に引き継いでいます。
しかし、本作は単なる復讐劇ではありません。
事件の背後には、さらに深い動機が隠されており、読者は最後の最後でその真相を知ることになります。
「罪」とは何か、それを裁くのは誰なのか――そうした問いを読者に投げかける点が、本作の大きな魅力となっています。
まとめ
『そして誰もいなくなる』は、単なるオマージュ作品にとどまらず、独自の世界観と巧妙な仕掛けを持つミステリー小説です。
学園という舞台設定や演劇を絡めた展開が、読者に新鮮な驚きを与えます。
また、物語の後半には予想を超えるどんでん返しが待ち受けており、最後まで緊張感を保ったまま読み進めることができます。
そして、原作と同様に「裁かれなかった罪」というテーマが根底にあることで、読後に深い余韻を残す作品となっています。
オマージュ作品としての完成度の高さに加え、オリジナル要素が絶妙に織り込まれた本作は、ミステリーファンならぜひ読んでおきたい一冊です。
『そして誰もいなくなった』を読んだことがある人も、未読の人も、ぜひ手に取ってみてください。